DJ歴は20年を超え、いまでも現場に居続けるDJ KENSEI。HIPHOP、アブストラクト、エレクトロニカ、ハウス、ジャズと変幻自在にそのスタイルを変えつつも、芯はぶれず、根底にあるのはいつもHIP HOPだった。新しい機材やテクノロジーを積極的に使いこなし、ターンテーブルと同じように、メーカーの予期せぬ使い方で、音楽を進化させる。屋久島でフィールドレコーディングしてきた音を再構成して楽曲化したり、生まれ育った東京を離れ、山形県に移り住んで音作りをしたりと、彼独特の軽みで、次々と新たな表現を産み出し続けている。
音楽的なバックグラウンドが自分にはまったく無いから、全部レコードから学んでる。
─ご自身の活動の中心としてのDJ歴は何年になりましたか?
もう20年以上になる。僕は基本としてDJで、それはもうずっと続けてるものだし、頼まれて自分のやれる範囲であればジャンル関係なくやる。でも全部受けてたら体も持たないし、クオリティもキープ出来ないし、モチベーションも上がんなかったりするから、その辺はバランスを取ってやるようにしてる。
─ここ最近はかなりJAZZ志向が強いですね?
KANKAWAさん(nudeJAZZで一緒の世界的オルガニスト)の影響がやっぱりでかくて、JAZZをHIP HOPを通過した耳で聴いてたんだけど、KANKAWAさんと触れることで、JAZZミュージシャンの視点を知れたことで、凄く興味を持った音楽。すっかり家では、JAZZばかり聴いてるし、JAZZがストイックだった60年代の空気とダンスミュージックを融合させたウッドベースとMacからなるユニットJ.L.D(JAZZ LUVS DUBS)でいまアルバムを作ってるしね。
─nudeJAZZのライブ中は本当に楽しそうに演奏してますね。KANKAWAさんとのやりとりがスリリングで見ていて興奮しました。
ずっとDJで来てるんでバンド経験があまりなくて、インプロでセッションして音を出し合っていくと、それがだんだんリズムになって曲が成立していく過程が本当に楽しくて。だけど音楽的なバックグラウンドが自分にはまったく無いから、全部レコードから学んでる。音楽の理論はまったく分からないんだけど、
KANKAWAさんみたいな音楽の理論を分かっててNYでジミー・スミスのようなJAZZの巨匠達とやってきたような偉大なミュージシャンが「そのままでお前はいい」って言ってくれたのが嬉しくて、凄く楽になったというか自信が持てた。
─ターニングポイントになった出来事はありますか?
90年代に入って小さなクラブからHIP HOPを地道にかけてきて、気づけばハーレム(渋谷にある大箱)でDJするようになった。おかげさまで人が入るようにはなったけど、誰かにやらされてるような気になったり、興味がある音も変わってDJスタイルが変化したりすると、ネットで叩かれたりもして、色々考え悩み、そのうち自分の居場所はここじゃないって思うようになったんだ。インドープサイキックス以降は、インターネットや新しいテクノロジーも出てきて、時代が変わる感じもなんとなく街にはあって、僕も「自分のスタイルって何だろう」「自分はこれからどうしよう」とか考えて悩んでた。別に迷っても答えなんかないんだけどね。そんな時に屋久島を訪れて、大きな自然の中には樹齢何千年の屋久杉とかあって、自分よりも千年とか長く生きてる木と向かい合ったら「すみません。まだまだ小僧でした」みたいな気持ちになれたんだよね。
─大きな樹を目の前にしたら、小さいことで悩んでたって思えたんですか?
そうそう(笑)単純だけど、それでいきなり楽になれた。人がどう言おうが、自分のやりたいことを自分が思うまま純粋にやればいいって思えるようになった。今までもそれでやってきたのにね。これからは無理して何かに合わせてやるよりも、自分の気持ちに正直にやり続ければいいんだって気付けたんだよね。その時作ったのがファイナル・ドロップのアルバムとDVD。
─表現活動していく上でのテーマってありますか?
愛ですよ、愛。すごくベタなんだけど。前は自己愛もちょっと強かったですけどね(笑)。
─でもベタなことやるには自分が強くないとできないし、腕がなきゃ表現できないと思います。
とんがってる人たちはベタを嫌悪しがちなんだけど。でも色んな経験して思ったのはポジティブに生きたいって思ったんだ。よく昔は怒ったりしてたんだけど、憎しみは憎しみしか産まないし、最後には自分に返ってきちゃうからね。なるべく憎しむこと無く、フラットにピースでいたい。それで自分の表現を自然にやって、それが出来る限り世の中のためになったらいいなって思う。本当に人との関わりっていうのが全ての基本というかコンセプトかな。カッコいい言い方かもしれないけど、「人のために出来ること」っていう感じでDJをやってきたつもり。自分のことをアーティステトっていう風には考えてなくて、自分が音楽をやる意味って、結局はみんなを楽しませるためというか、喜んでるところが見たいだけなんだ。あとはDJは曲をMIXするけど、同じように人も価値観もMIXさせられたらって最近は思ってる。
ボクたちの街に響く音
Profile
- DJ KENSEI
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1986年よりDJをスタート。ディスコ/クラブのオープニングDJやレジデントDJとしての活躍から始まり、ダンスミュージック〜ヒップホップ〜ブレイクビーツ〜アブストラクト〜エレクトロニカ〜フィールドレコーディング〜ハウス〜ジャズ〜インプロと、どの方向へ進んでも一貫した音楽性と柔軟なスタイルを持つDJ。“indopepsychics”や“KEMURI PRODUCTIONS”などを結成し、KitCraytonやmonolakeらとコラボレート、DJ KRUSHの4THアルバム『未来』への参加をはじめとする多くの作品を手掛ける。また、『NIKE PRESTO』などのプロジェクトに参加するなど、リミキサー、プロデューサー、レコーディング・アーティストとしてクリエイティビティの限界に挑戦し続けている。
Sound Gallery
Roots N
元々nutsというクラブがあったところで、もう10年くらい前にオープンから週末レギュラーでDJをしていた思い出の場所。当初からのスタッフのmudo君が今ではオーナー。街のスピードとは正反対なグルーブ感が、新しい六本木の憩いの場として、多くの音楽好きを集めている。第4火曜日に友人たちとホームパーティー感覚でやってます。

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I Got Rhythm
Oscar Peterson
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蜂
この場所も渋谷近辺では知る人ぞ知る音楽好きが集まるクラブ。1階はワンコインで飲めるバーとして外人に人気。上の階は3フロアあって、それぞれの音楽で楽しめる。
オーナーは西麻布の元juice(95年くらいかな?何年かレギュラーでDJしてました。※現在:bullet's

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Elise
Dj Kensei presents ZZAJEDUN
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813TARCK PRODUTION a.k.a. Yutaka's studio
自分が高校生だった85年頃、渋谷にHip Hopという伝説のクラブがあった、そんな頃からお世話になってるHip Hop界のレジェンドDJ YUTAKAくんのスタジオ。たまに遊びに来てます。今後レコーディングで使わせてもらおうと思ってます。

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Fresh Air, Grand Master Flash and Melle Mel, March 2,2007
Terry Gross
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KEMURI PRODUCTIONS office
DJの後輩でもありKEMURI PRODUCTIONSのオーナー兼リーダーでもあるDJ YASのオフィス。KEMURI PRODUCTIONSのライヴをする時には、ここでリハーサルをしたりします。

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B.B.E.(Big Booty Express)
J Dilla
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東急世田谷線
子供の頃から利用している地元の世田谷線(通称玉電、たまでん)。開通100周年の歴史があり、三軒茶屋〜下高井戸間を走る2両車両。スタイルは徐々に近代的に変化してきてますが、都会を感じさせない世田谷のほのぼのとした景色を見せてくれます。電車はあまり使わないのですが、玉電だけは結構利用しています。

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Chopin: Prelude, Op. 28 No. 7
Nick Reynolds & Tim Parsons
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- UNDERROID 3rd ANNIVERSARY @UNDERROID
- 7月21日(土)- 千葉・柏
- Coffee & Cigarettes @Roots N
- 7月24日(火)- 東京・六本木
- OUTERLIMITS INC. Presents @DJBARDAI
- 7月28日(土)- 岩手・盛岡
- AWAKE @BAOBAB
- 8月4日(土)- 青森
- SIde-B @寒河江ダムスポーツ広場
- 8月11日(土)- 山形
- BeatBurger @AIR
- 8月14日(火)- 東京・代官山
- heavy sick ZERO 5th Anniversary @heavy sick ZERO
- 8月18日(土)- 東京・中野
- CONTACT LOUNGE @iLDK
- 8月24日(金) - 神奈川・藤沢


