世界初の立体音響を実現するヘッドフォン専用音楽 渋谷慶一郎『filmachine phonics』

─今回の『filmachine phonics』には、通常のCDトラック以外に、24bit/48kHzのAIFF、320kbpsのMP3が収録されていますが、それぞれの音質差についてどう思いましたか?

やはり128kbpsのようにそれなりに圧縮されているものに関してはAACは優れていると思いました。反対に320kbpsくらいのあまり圧縮されていない音はMP3の方が原音に忠実です。ただ、AACの音質向上に関してはすごく期待しています。事実、今回の『filmachine phonics』はiTunes Storeでダウンロード購入できるようにもしているんですけど、僕のレーベルのATAKがiTunes Storeで配信を始めた2年くらい前に比べると、音質は格段に良くなっていると思います。しかし、同時に24bit/48kHzといったCDよりも高音質なデータをiTunes Storeで配信できるようになれば素晴らしいと思っています。僕が普段音楽を作っているときは32bit/48kHzという規格で作っているのですが、CDにするためにわざわざ16bit/44.1kHzという規格にダウンコンバート……つまり音を悪くしているのです。これはCDというメディアがあるからそうしているだけで本来はおかしな話で、『filmachine phonics』には言わばRAWデータの24bit/48kHzのデータも収録していますが、つまりこれをiTunes Storeで配信できたら音楽を巡る状況は変わると思います。作っている人間が作っているときに聴いている音をそのまま届けられるというのは産地直送のようなもので、しかもデータなので作る方はパッケージ代を負担する必要はないし、買う方も中身だけ買えばいいから部屋が狭くなったりもしない(笑)。

─それこそ、もうCDはいらなくなるかもしれない?

いや、パッケージ・メディアは全く必要ないかと言うとそんなことはなくて、例えば僕が今回やったようにオーディオデータを色んなデータフォーマットで収録したり、作品に関する論文とかテクストを入れたり、スクリーンセーバーを入れたりという方向での可能性の拡張は面白いと思うし、むしろCDという有形なメディアの可能性というのはそっちにあるんじゃないかと思います。これを押し進めると、あるテーマを設定して小説があったり写真やビジュアルアートも本としてパッケージされていて、それに様々なデータフォーマットで音楽が収録されているCDが付いていたり……。ただ、これもデータで配信できるかもしれないですよね(笑)。つまりCDよりも音が良いデータの配信が始まれば、CDや本のような有形のパッケージメディアと無形のデータメディアの健全な住み分けと切磋琢磨が始まると思うし、それは作る側にとってもすごく刺激になります。

─今回、プレミア試聴会として、Apple Storeでイベントを行ってみての感想をうかがえますか?

Apple Store Ginzaで、完全暗転の中、着席している100人近い人間が一斉にiPodで聴いている様子はインスタレーションのようでした。観客の首がグーンッと前に行ったり、身体が同時に動くのが面白かった。みなさんのヘッドフォンから漏れてきたたくさんの密やかな音もなかなかの音楽だったので同時に録音させて頂きました(笑)。

─今後、またiPodを使って何か新しい試みをする予定はありますか?

ヘッドフォンのための三次元の音楽作品というのを作る予定があります。これは研究や実験が必要なので少し時間がかかるかもしれませんが、すごいものができそうな予感があります。あと日本を代表するメディアアーティストである藤幡正樹さんとのコラボレーションでiTunes Store限定作品というのをリリースします。これは『ATAK009 "off-sense audio" Keiichiro Shibuya+Masaki Fujihata』というタイトルで、もともとがコンピューターネットワークの仮想空間におけるコミュニケーションをテーマにしたインスタレーションのための音楽だったので、iTunes Store限定で発表するのはちょうどいいと思ったんですね。これは今年の夏頃までにはリリースしたいと思っています。後はiPhoneの着信音を三次元で作りたいですね (笑)。

─ありがとうございました。

(2007年2月 Apple Store Ginza)

Profile

渋谷慶一郎

音楽家。1973年生まれ。東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。’02年、音楽レーベルATAK設立。’04年にソロアルバム『ATAK000 keiichiro shibuya』をリリース。現在までに作曲家・高橋悠治やメディアアーティスト・藤幡正樹らと共同作業を展開しており、池上高志(複雑系研究/東京大学 助教授)とは’05年から非線形物理学の応用による「第三項音楽」をスタート。音楽/科学を横断する本格的なコラボレーションとして注目を集めている。’06 年にはYCAMにおいてサウンドインスタレーション“filmachine”を発表。’07年にはそのヘッドフォン・バージョン『ATAK010 filmachine phonics』を世界初のヘッドフォン専用・三次元立体音響CDとして発表。リリースと同時にコンサートツアーを行い「まるで聴覚を再構築されているような体験。間違いなく、いま彼は電子音響のカッティング・エッジの切っ先に躍り出た。」(佐々木敦)と評される成功を収めた。また’06年には東京大学、’07年には東京芸術大学の非常勤講師を勤める。

渋谷慶一郎公式サイト

Information

ATAK010 Filmachine Phonics
Keiichiro Shibuya

ATAK010 Filmachine Phonics
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