時間や場所を選ばずに学習できるiPodは、強力な教育ツール。
東京工業大学 赤堀侃司教授
東京工業大学・教育工学開発センターの専任教授 赤堀侃司教授
近年、工学という学問分野は、馴染み深い機械工学や電子工学だけに留まらず、生命工学や社会工学、教育工学、情報工学のようにその対象範囲を拡げてきました。東京工業大学では、情報技術を応用して教育の質を高める教育工学開発センターを持ち、そこに所属する情報教育の権威、赤堀侃司教授は、指導技法の向上におけるiPodの大きな可能性を実感しています。
米国では主流のPodcastによる教材配信
東京工業大学の教授として、メディアコミュニケーションや情報教育の実践的研究を行いながら、教員の育成や授業技法の開発に携わっている赤堀教授は、教育分野にIT技術を活用して問題解決の方法論を確立する取り組みを積極的に推進しています。
「コンピュータの進化の方向性として、『より賢く』というものと『より使いやすく』という2つの軸がありますが、私は教育工学の立場から、いつも、より使いやすくする流れを支持してきました」と赤堀教授は語ります。その言葉には、いかに情報技術が発達しようともそれを使いこなすのは人間であり、コンピュータの処理能力だけが高まっても意味がないという思いが込められています。
日進月歩で変化するIT技術のメリットを教育に還元する仕組みを常にユーザの立場になって考え、情報工学以外に心理学や生理学などの知識も取り入れてきました。「アメリカではPodcastの仕組みを使った情報配信が盛んに行われていて、教育分野でもモバイルラーニングが主流となっています。プレゼンテーションをWebで配信する動きと並び、教育におけるインターネットの利用法として、とても注目できるものと言えるでしょう」。
通勤中の英語学習でiPodの可能性を確信
カリフォルニア大学アーバイン校のコンピュータ科学部客員教授を務めた経験もある赤堀教授は、日頃から英語の必要性を実感し、その習得のためには可能な限り英語に親しめる環境を整えることが重要であるとの認識を持っていました。ちょうどその頃、まだ発売間もない初代iPodのことを知り、さっそく通勤時間にiPodで英語を聞くという方法を実践してみたそうです。これにより、「音楽と同じように英会話を楽しむことで、英語を日常化できる」と確信したと言います。また、iPodを使って英語を学ぶ2つのメリットが浮かび上がってきたのだそう。
まず1つめは、生きた英語を楽に学べること。読み書きのみの学習方法では、発音やイントネーションを学ぶことができなかったのですが、iPodなら耳で聞いてチェックすることが可能です。そして2つめは、通勤や通学の時間を有効活用できること。英語の勉強のための時間をとれない人でも、iPodがあれば場所を選ばずにいつでも聞くことができるのです。「たとえば、英語以外でも東京大学の小柴昌俊先生のスピーチのPodcastをiTunesにダウンロードしてiPodで聞けるのは、それだけで素晴らしい体験です」。これを教授は「教育工学にとって大きな試み」だと評価しています。
紙の時代、コンピュータの時代と、メディアの進化に合わせて教育関連の研究発表を行ってきた赤堀教授ですが、今はモバイルの時代であるという認識の下、iPodの教育ツールとしての利用法を模索しています。「昔の学生は勉強でも遊びでも時間を区切って集中してやっていたものですが、今は複数の事柄をマルチタスクでこなすことが普通になってきました。それだけに、何か他のことをしながらでも学習が可能で時間を有効活用することのできるiPodは、モバイル教育にとって強力なツールです」。さらに今後はその応用範囲を広げていくことを目指しているそうです。
iPodで実現する「いつでもどこでも学習」
iPodが授業そのものに置き換わるとは思いませんが、サポートするツールとしては優れていると思います。それも一部の人が利用するのではなく、関心のあるすべての人が参加し、増殖させていける『ネットワーク型の教材作り』が可能になるのです
東京工業大学 赤堀侃司教授

iPodの教育への応用の一端として、赤堀教授は「いつでもどこでも受講可能な自主研修プログラムの開発と評価」という研究に取り組んできました。「私が客員教授を務めていた当時のカリフォルニア大学では、授業を毎回16mmフィルムに撮影してアーカイブ化していました。もともとは、授業を欠席した学生が自習できるようにとの配慮からだったんですけど、見ているうちに日本の教育技法を向上させる資料になると思いました」と赤堀教授。授業のわかりやすさが教員の評価に直結するアメリカならではの巧みな教育技法に感銘を受け、同大学に掛け合ってビデオを貰いうけて研究を続けたのだそう。
東京工業大学では毎年4月に、専任教員を対象とした教育技法などの講義が行われています。このようなFD(ファカルティ・ディベロップメント=教員育成)は文部科学省による義務づけもあり、どこの大学でも急務となっているのですが、単なるテキストや口頭での説明だけではイメージがわかず、効果が上がりにくいことが問題化していました。こうした経緯や背景から、赤堀教授は7名の先生方に声をかけ、それぞれが工夫している授業技法を平均7つずつ集めた結果を「大学授業の技法50」としてまとめたのです。例えば赤堀教授が実践しているのは、番号が書かれたカードを事前に配布し、授業の最後に指定した番号の学生に必ず質問をさせるということ。これにより、自分がいつ指名されるかわからないという緊張感から真剣に授業に取り組む学生が増えたそうです。こうした技法一つ一つについて関係者がモデルを務めて模擬授業を行い、映像化したものをiPodで見られるようにして評価を行いました。これがユーザビリティの点で高く評価され、iPodだと制約なく気軽に自習できる上、画質も十分だという結果が得られたそうです。
「iPodが授業そのものに置き換わるとは思いませんが、サポートするツールとしては優れていると思います。それも一部の人が利用するのではなく、関心のあるすべての人が参加し、増殖させていける『ネットワーク型の教材作り』が可能になるのです」。赤堀教授は今後、優れた授業技法の事例を全国の先生方から募集し、実際の授業風景の映像をアーカイブ化するプロジェクトを計画しています。最終的には、そのプロジェクトに参加して授業技法が採用されることが個々の先生方の研究業績として扱われる仕組みを確立したいと考えています。これが実現すれば、日本の大学の授業の質はますます高まっていくに違いありません。

