株式会社東北新社:
Final Cut Proとテープレスカメラが生み出すドキュメンタリーの新しい表現力
東北新社が制作する「グローバル・ビジョン」はBS TwellV(トゥエルビ)で毎週日曜夜9時に放送されている1時間のドキュメンタリー番組である。「世界の酒」「世界の格闘技」「世界の60歳」などのさまざまなテーマをもとに毎回3カ国を紹介し、それぞれの文化を描き出す番組だ。たとえば酒だったら、ペルーのピスコ、ロシアのウォッカ、韓国のマッコリと、それらに携わる生産者や居酒屋の人たちの姿を紹介して、各国の酒文化を描き出す。これまでに紹介された国は、フランスやフィンランドといったヨーロッパ圏から、ブラジルやラオス、バヌアツまでと、非常にバラエティに富んでいる。
大野裕之プロデューサー 東北新社コンテンツ制作事業部所属
実際の映像を見ていただければ分かると思うが、テレビを前にして取材者と同じ視点で現地の人々を見ているかのような、そんな臨場感に驚かされる。陽気な人、ぶっきらぼうな人、饒舌な人、口下手な人……演技や演出ではないからこそ、その場所その瞬間に起こった出来事が視聴者に生々しく伝わってくる。それもそのはずである、これらの映像はすべてディレクターたちが1人で現地におもむき1人でカメラを持って撮影したものなのだ。
グローバル・ビジョンでは、約10名のディレクターを現地に派遣し、彼らはたった1人で2~3週間の間に必要な映像を撮影してくる。海外にある程度の期間、人を派遣することを考えたとき、コストダウンが番組制作の至上命題として掲げられた。さらに、本来は技術系ではないディレクターたちでも、無理なく作業をこなせるようなシステムでなくてはならない。そこで検討されたのが、アップルのMacBook Pro、Final Cut StudioとパナソニックのHDカムコーダーAG-HMC155の組み合わせである。
パナソニック・AG-HMC155は、2008年9月に発売された、AVCHDコーデックを使用するハンディカメラだ。SDHC/SDメモリーカードを記録媒体に採用し、最大24MbpsのPHモードで約180分、約6MpbsのHEモードで約720分にまで対応する。テープレスかつ記録媒体を小さくしたことにより、筐体が軽量化され、さらに寒冷地や砂漠地帯などの環境的に厳しい土地においても、従来のカメラ以上の耐久性を実現している。まさに今回のような撮影環境にはうってつけのカメラだった。
加えて、コストメリットと操作性で、急速に映像業界へ普及し始めているアップルのFinal Cut ProとMacBook Proの組み合わせが、候補に挙がった。実際にシステムが導入された2008年11月当初は、まだFinal Cut ProがAG-HMC155に正式対応していなかったが、アップル、パナソニックの協力を得ながら、ディレクター、プロデューサー共に手探り状態の中で導入が行われた。
今回の撮影を実際に担当した6人のディレクターに話を聞くことができた。将来確実にやってくるファイルベースワークフローの収録環境、そのスタンダードになるかもしれないこのシステムについて、意見を聞いてみた。
テープレスでデジタイズから解放された
「テープレスは今回が初めてだったので、撮影がどんな風になるか想像が付かなかった。でも、だからこそ逆に楽しんでみようかなという気持ちでした。今までもハードが変わっていくことはあったので、そういう節目に来ているのかなと」(西山亮ディレクター オフィスて・ら 所属)
今回集まった6人のディレクターは、当然のことながらそれぞれ異なるプロフィールを持ち、テープレスシステムに対する印象は不安から信頼まで様々だったが、西山ディレクターのように、新しいシステムに対して挑戦してみたいという気持ちが強かったようだ。というのも、テープレスならではのワークフロー最適化やコスト面でのメリットに対する期待が大きかったからだ。
「こういう番組を制作するときは大抵手持ちのHDVカムで撮るんですけど、テープで撮ったあとパソコンに映像を取り込む必要があります。ドキュメンタリーだと60分テープが100本から多いときで150本ぐらいあったりして、60分×150本分の時間を勤務時間のどこかで捻出しないといけないんですよ。デジタイズ業者に出すという方法もあるんですけれど、社内で行うことが多いです。その作業が無くなるシステムだと思っていました」(山崎雄次郎ディレクター 東北新社コンテンツ制作事業部所属)
実際のコストメリットとして、テープレスだとテープに比べてどの程度の違いが出てくるのだろうか。番組プロデューサーの大野裕之氏は次のように語る。
「MiniDVで撮ってデジタイズに出すと、1本60分で3300円として、それが50本ぐらいになります。そうすると16万5000円。これを20カ国でやるとそれだけで330万円かかります。時間ですが、60分のテープを50本と考えて、これは普通にデジタイズすると50時間かかります。20カ国やると1000時間でだいたい41日になるんですけれど、これをカットできるのはすごくありがたいです」(大野裕之プロデューサー 東北新社コンテンツ制作事業部所属)
記録メディアの点で言えば、SDHCカードは多少割高でも再利用できる、テープは保存場所が必要とはいえオリジナルが残ると、どちらも一長一短だが、デジタイズのコスト差は圧倒的だ。どのADもディレクターもプロデューサーもデジタイズ作業を大きな負担と考えているだけに、この作業工程が縮小されることは大歓迎だという。
テープチェンジのわずらわしさがなくなった。
テープレスのメリットはデジタイズだけではない。SDHCカードを採用し、長時間撮影ができるようになったことは、ディレクターたちに新しい番組制作の可能性を示唆したようだ。
「良い瞬間をのがさないために、カメラを回しっぱなしで撮影します。もちろん作る作品によりけりだとは思いますが、今回はドキュメンタリーなので、テープチェンジする必要なく常に回しておくことができたのが良かったです」(田中あき子Jerryディレクター フリーランス)
演出を介在させることを嫌うドキュメンタリーにおいては、いつどの瞬間に使える場面に出くわすか分からない。長時間収録が可能なテープレスカメラなら、長回しをしておいて、あとで使いどころを探すだけでよい。これまでのようなテープでの収録の場合、収録時間が限られる上にテープチェンジもしなくてはならないため、撮り逃しが発生してしまう。さらに、テープチェンジには次のような問題もあるという。
「今までだとどこかの時間でテープチェンジをしなくてはならなくて、そのときに被写体はふと撮られているんだと意識して、我に返ってしまったりする。それが今回のシステムでは無かった。被写体にとってカメラはそこに存在していない、と思う瞬間が何回かあったんですよ。これはすごいことが起きてるなと思いましたね」(西山亮ディレクター)
実際の映像を見ると、被写体となった現地の人たちがごく自然に振る舞っている姿が印象的だ。今回のグローバル・ビジョンのように、ディレクターが現地で個人として見たり聞いたり体験したことを、余すことなくとらえるのに、テープレスシステムは有効に働いたようだ。
ワークフローを構築するまでが大変だった
テープレス化の利点がある一方で、これまでに経験がないワークフローを導入するにあたり、やはり戸惑うこともあった。そのひとつがAVCHDコーデックの展開だ。
ディレクターたちは1日の撮影を終えると、ホテルで撮影データをMacに取り込み、AVCHDのデータをProRes422へ変換する。今のところAVCHDコーデックのままではFinal Cut Proで編集する事ができないからだ。いわゆるテープシステムで言うところのデジタイズ作業に当たるこのコーデック変換で戸惑いがあったようだ。
ディレクターたちが海外ロケに持参する撮影機材一式(Final Cut Studioを搭載したMacBook Pro、AVCHDカメラ, 32GBのSDHCカード、ハードディスク)
「HDVテープを取り込んだときと同じぐらいの容量になるんじゃないかという読みで、ハードディスクを現地に持っていきました。ロケ途中で収録した素材をコーデック変換したところ1TBがあっという間にいっぱいになって、これからどうしようとホテルで不安になりました。一応、僕も日本でコーデック変換のテストをして行ったんですけれど、ここまで容量が増える事実を、海外ロケ中に痛感しました」(西山亮ディレクター)
AVCHDのファイルをProRes422に展開すると、撮影した映像にも左右されるが、大体8倍ぐらいのサイズに増大する。ディレクターたちは、毎回のロケで32GBのSDHCカード4〜5枚分の映像を撮っていたが、それだけで1TBのハードディスクがあっという間にいっぱいになってしまう。
彼らディレクターたちは元々はパソコンに関してプロフェッショナルなわけではなかったので、ファイルが増大することを事前に知っていても、実際の作業に取りかかるまで具体的にどのぐらいハードディスク容量を消費するか、イメージが沸かなかったという。現地で慌ててハードディスクを買いに走るというケースもあったそうだ。とはいえ、相互に情報共有して、一度ワークフローを確立してしまえば、あとは十分信頼できるフローが構築できたという。
