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──『ヴィジターズ 20th アニヴァーサリー・エディション』が話題となっていますね。このアルバムは佐野さんが'83年から'84年にかけてニューヨークで暮らし、そこで制作されたわけですが。その当時のニューヨークの街は、どんな雰囲気だったのですか? ■佐野:古い文化と新しい文化が拮抗して、ぶつかり合って、そこから何か新しいものが生まれてくる。そういう気運に溢れていた。その代表的なものがヒップホップ・カルチャーだよね。そのときのニューヨークは、経済的にはそれほど調子のいいときではなかったんだけど、その代わりにアートは栄えていたんだ。だから、その当時の僕と同じくらいの年代のアーティストが世界各国から集まってきていた。僕は、そういう彼らとマンハッタンという街で文化的な交流を行なったんだ。それはとても短い期間だったけれども、ものすごい起爆力をともなっていた。その中でアルバム『ヴィジターズ』は生まれたんだ。もしも僕があと2年遅くニューヨークに行っていたならば、あるいは2年早く行っていたとしても、このアルバムは生まれなかっただろう。'83年から'84年という、あの時期でなければ『ヴィジターズ』は生まれなかったと思う。 ──リリース当時、日本ではまだヒップホップという文化にもラップという技法にも馴染みがなかったせいで、かなり驚かされました。 ■佐野:そう。思いもよらぬ賛否両論が巻き起こった。ある女の子のファンはアルバムを聴いて泣き出すし、ある人は「お経みたいだ」って言うし(笑)。そうかと思えば「斬新なコンセプトが気に入った」という意見もあった。本当にさまざまだった。だから僕のほうが、ちょっとひっくり返っちゃったくらいなんだ。僕としては別に驚かそうという気持ちはまったくなかったから。その頃、よく僕が周囲の人たちに語っていたのは「アンユージュアル(ありふれてはいないもの)なんだけど、でも人々がちゃんと迎え入れてくれるようなチャーム(魅力)も残された、そういう革新的なポップ・サウンドを作りたい」ということだった。それでマンハッタンで知り合った何人かのミュージシャンやエンジニアたちとスタジオにこもって、この『ヴィジターズ』というアルバムを作ったというわけ。 ──まさに革新的なアルバムだったと思います。20周年記念盤は資料的価値の高いブックレットやDVDもセットになっていますが、その中のひとつ「Complication Shakedown」のミュージック・ビデオは、これまでお蔵入りになっていた貴重なものなんだそうですね。 ■佐野:ニューヨークにいるとき、ちょうどMTVがハプニングする現場を目撃することができた。で、僕はマンハッタンの何人かの映像作家に会いに行き、そしてミュージックビデオを制作した。そのうちの1本が、この「Complication Shakedown」。これはジョン・サンボーンというビデオインスタレーションの分野のアーティストとコラボレーションしたものなんだ。非常にアヴァンギャルドな作品で、20年後の今見ても、かなり刺激的な映像だと思う。 ──そんな『ヴィジターズ』と同じく、実はMacも今年20周年なんですよ。 ■佐野:うん、そうだね。もちろん知ってるよ。 ──20年前にMacのことは御存知でしたか? ■佐野:1984年のあるときニューヨークの街を歩いていたら、楽器屋さんのショーウィンドウにギターやドラムやシンセサイザーに混じって見慣れないテレビみたいな形をしたものがポツンと置かれていた。それで友だちに「あれは何?」と訊いたら「コンピュータだよ」という返事。それがMacだった。そして、それから間もなくして僕の仲間が、そのMacを買って音楽を奏で始めた。それを見て、新しい時代に突入するな、と思ったことを憶えている。音楽の現場にものすごい勢いでテクノロジーか介在してくるだろうな、ということを予感したというかね。 ──実際に佐野さん自身がMacを使い始めたのはいつですか? ■佐野:80年代の後半にMac IIciを手に入れた。使い始めて最初に夢中になったのはHyperCard。図画工作みたいに楽しみながら、いろいろなスタックを作ったりしていた。それからファンクラブのフライヤーを作るようになって、今で言うところのデスクトップパブリッシングに似たようなことをやり始めて。あとはアメリカのCompuServeというネットワークサービスを使って、今の電子メールに似たテキスト・ベースの通信をやっていた。アメリカのミュージシャンやプロデューサーとの連絡には、それを使っていたんだ。ただし、このような話をするからといって、僕のことをコンピューター・クレイズだと錯覚しないでほしい。例えば『ヴィジターズ』というアルバムを作っていた頃、僕が夢中になっていた小説はジョージ・オーウェルの『1984年』だった。行き過ぎた管理国家が僕らの「個」をいかに侵食していくかということをテーマにしたサイエンス・フィクションで、その恐ろしさを知的に楽しく描いたものだよね。 ──つまり盲信していたわけではなく危うい面もわかっていた、と。 ■佐野:そのとおり。ちょっと話は逸れるけど1984年当時、Appleの代表であるスティーブ・ジョブズ氏は非常にスマートだったと思う。なぜならば最初のMacのテレビコマーシャルで、その『1984年』を引用したわけだからね。ちなみに『ヴィジターズ』の中に「New Age」という曲があるんだけれど、これも『1984年』の影響下にある歌。そのミュージックビデオも、やはり迫り来る全体主義の恐怖を描いているんだ。 次ページ:誰もがカジュアルに表現できる時代をもたらしたMac |
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